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藤原鎌足

藤原氏の始祖

元々は中臣氏の一族で初期の頃には中臣 鎌子(なかとみ の かまこ)と名乗っていた。その後中臣 鎌足(なかとみ の かまたり)に改名。そして臨終に際して大織冠とともに藤原姓を賜った。つまり、生きていた頃の彼を指す場合は「中臣鎌足」を用い、「藤原氏の祖」として彼を指す場合には「藤原鎌足」を用いる。出生地は大和国高市郡藤原(奈良県橿原市) 。

645年、中大兄皇子・石川麻呂らと協力して飛鳥板蓋宮にて、当時政権を握っていた蘇我入鹿を暗殺、入鹿の父の蘇我蝦夷を自殺に追いやった(乙巳の変)。この功績から、内臣に任じられ、軍事指揮権を握った。

その後、大化の改新を推進しようとする中大兄皇子の側近として活躍。669年(天智天皇8年)、天智天皇から大織冠を授けられ、内大臣に任ぜられ、「藤原」の姓を賜った翌日に逝去した。

死後、奈良県桜井市多武峯の談山神社に祀られる。また、大阪府四條畷市の忍陵神社の主祭神ともなっている。 『多武峯縁起絵巻』には、鎌足が生まれたときにどこからか鎌をくわえた白い狐が現れ、生まれた子の足元に置いたため、その子を「鎌子」と名づけたと描かれている。この逸話にちなみ、談山神社では鎌をくわえた白狐のお守りが売られている。


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