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日本の偉人

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日本には知られざる偉人が沢山います。その先人達が頑張ってくれたおかげで、今の私達がいます。なるべく多くの人に知ってもらえると嬉しいです。






武蔵坊弁慶

義経伝説の英傑

平安時代末期の僧兵。源義経の郎党。講談などでは義経に仕える怪力無双の荒法師として名高い。

義経との出会い

弁慶は比叡山に入るが乱暴が過ぎて追い出されてしまう。その後、四国から播磨国でも同じように追い出され、やがて、弁慶は京で千本の太刀を奪おうと悲願を立てる。

弁慶は道行く人を襲い、通りかかった帯刀の武者と決闘して999本まで集めたが、あと一本ということころで、五条大橋(『義経記』では清水観音境内)で笛を吹きつつ通りすがる義経と出会う。弁慶は義経が腰に佩びた見事な太刀に目を止め、太刀をかけて挑みかかるが、欄干を飛び交う身軽な義経にかなわず、返り討ちに遭った。弁慶は降参してそれ以来義経の家来となった。

義経の忠臣

弁慶は義経の忠実な家来として活躍し、平家討伐に功名を立てる。
兄の源頼朝と対立した義経が京を落ちるのに同行。山伏に姿を変えた苦難の逃避行で、弁慶は智謀と怪力で義経一行を助ける。義経一行は、奥州にたどり着き、藤原秀衡のもとへ身を寄せる。だが、秀衡が死ぬと、子の藤原泰衡は頼朝の威を恐れて、父の遺言を破り、義経主従を衣川館に襲った。多数の敵勢を相手に弁慶は、義経を守って堂の入口に立って薙刀を振るって戦い、雨の様な敵の矢を受けて立ったまま死んだとされ、「弁慶の立往生」と後世に語り継がれた。

弁慶の泣き所

弁慶ほどの豪傑でもここを打てば涙を流すほど痛いとされる急所のこと。最もよく知られているのが脛(膝頭の下から足首の上まで)。

弁慶の七つ道具

弁慶が持っていたと伝えられる七種の武器(薙刀、鉄の熊手、大槌、大鋸、さすまた、つく棒、そでがらめ)から転じて、7個で一式のものを七つ道具と呼ぶようになり、「選挙の七つ道具」、「探偵の七つ道具」のような使われ方をされる。

内弁慶に外地蔵

「陰弁慶」ともいう。家の中では強気になって威張り散らすが、外では意気地が無くおとなしい人間のこと。転じて、特定の場面においてのみ威勢を張る様を以って「〜弁慶」等と用いる。


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